10年近い昔の話だけど、遠方に友人を訪ねるのに手みやげをどうしようと探していた。いつもウナギパイばかりじゃつまらないなあと思っていたのだ。
で、そのとき見つけたのが「ピアノサブレ」だった。
パッケージのデザインがよかった、ピアノのイラストをパッケージ全面に使って、ピアノの中にサブレーが入る仕掛け、小さな白い鍵盤がちょうどパッケージの角にあたる工夫された意匠だった。ピアノの色も黒ではなく上品なマホガニー色でピアノの形に切り抜いたしおりも小道具として洒落ていた。
味はどうなんだろう。さっくりとした食感でバターの風味が効いてフランスのジャズピアニストの音楽のようだろうと勝手に空想した。みやげ物だから食べてないのである。それにしても、ピアノのまち浜松にぴったりのおみやげだと思った。
今回、この記事を書くにあたり、写真を撮らなきゃならないし、実際に食してそのレポートも書かかねばとみやげ品のコーナーを探したが見つからない。土産品協会のリストでピアノサブレは袋井の「五大夫きくや」というお菓子屋さんが作っていたことを知った。早速、その店へ電話してみると電話に出た主人らしき人が「ああもう、あれは作っていません」とおっしゃった。
そうか、「ピアノサブレ」はもうこの世に存在しないのか。
舞台用語では、舞台上の小道具としての食べ物は「消え物」と言うらしい。「ピアノサブレ」は空想楽器の舞台からいつの間にか消えていたのだ。